特集 PXで選ばれる病院になる!(後半)
患者中心医療の“新指標”
2019-07-10
■日本におけるPXの現状と可能性
~日本版PXサーベイを開発 経営向上でEXにも注目

患者中心医療を実現するための指標として、海外では広く認知されているPX。日本でPXを推進する一般社団法人日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会の曽我香織代表理事に、日本におけるPXの現状と今後の可能性について、語ってもらった。


一般社団法人日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会代表理事
株式会社スーペリア代表取締役 曽我香織氏

前項まででご紹介した通り、海外ではPXが病院経営の重要指標の一つとなっています。しかし日本ではPXの認知度は低く、アメリカやイギリスのように政府主導でPXを推進する動きは見られません。医療の目的が病気の根治から患者のQOL実現へ移行していく時代の流れに伴い、将来的に日本においてもPXが病院経営の重要指標となると私は考えています。


日本でも過去にPX研究 一過性のため根づかず

実は日本でも、過去にPXの研究がなされています。2004年、厚生労働科学研究費補助金医療技術評価研究事業「医療提供システムの総合的質管理手法に関する研究」において、当時佐賀大学医学部附属病院教授だった小泉俊三先生らがアメリカのPX調査票を日本語に訳し、6病院で実施した結果が報告されています。

研究の結論として、①客観性をもつ質的評価データが得られること、②改善点や具体的課題の発見に役立つこと、③他施設とのベンチマーキングが可能であること、④定期的に実施することでPXの変化を把握できる―などのメリットが挙げられています。参加病院からもポジティブな反応が確認されましたが、当時海外でもPXの有用性が十分に検証されていなかったことや、本研究が一過性のプロジェクトであったことなどから日本の病院にPXという指標が根づくことはありませんでした。


日本PX研究会の発足 日本版PXサーベイを開発

患者中心、患者視点の医療サービスを提供するためには、患者からのフィードバックが必須です。

そのツールの一つが患者満足度(PS)調査だと思いますが、同調査を実施している病院から、「回答をエクセルに転記し、グラフ作成・結果公表に留まっている」「結果をみても課題がどこにあるのかわからず、改善行動につなげられない」といった声を耳にすることがありました。

本来の調査目的は医療サービスの質改善につなげることなので、それではもったいないと思っていたところ、海外ではPXという指標を使って医療サービスの質改善に役立てていることを知りました。

そこで2016年、日本におけるPX有用性検証のために医療者を中心とする数人でPX研究会を立ち上げました(表1)。


まず手始めに病院用の日本版PXサーベイを開発することを試み、PXサーベイを実施しPXを測定することで課題を抽出・改善につなげることを目標に据えました。

日本版PXサーベイの開発にあたって、質問票が公開されているアメリカ版とイギリス版の比較検討を行いました。前者はCMS(Centers for Medicare and Medicaid Services;メディケア・メディケイドサービスセンター)主導で実施しているHCAHPS(Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems)と呼ばれるPXサーベイです。後者はNHS(National Health Service;国民保健サービス)主導で実施しているPXサーベイです。

その結果、患者の入院時点から退院までを時系列で具体的に測ることができ、医療制度が日本と類似しているイギリス版を参考として日本版PX質問票を開発することとしました。NHSの許可を得て翻訳し、日本の状況にそぐわない宗教や人種等に関する設問を削除するとともに、設問の文言を適切化しました。

その質問票を用いてパイロット実施したところ、回答選択肢の分岐を間違う患者が多いこと、設問量が多いため最後まで回答されないことがわかりました。そのため、医療者を中心とする当研究会メンバーで日本の医療環境に応じて設問を削除した後、当時イギリス在住だった塩野雅俊医師に逆翻訳をお願いして全60問からなる日本版PXサーベイを完成させました(図1)。


日本版PXサーベイを実施した結果、「患者満足度調査では抽出できなかった問題点が見える」「師長のマネジメントとPXに相関があるようだ」などの興味深い反応が病院から得られています。しかし日本版PXサーベイの普及への道のりはまだ遠いのが実状です。

PXの認知度の低さが主な要因ですが、PXサーベイに関心はありながら60問という設問量にためらう病院もあります。

設問量の多さによる回答率の低下、転記作業負荷がネックのようですが、患者満足度調査からPXサーベイに切り替えた病院ではPXサーベイの回答率の方が高くなっています。転記作業負荷については回答用紙からスマートフォンやタブレット端末での実施へと徐々に切り替えることでより楽に、かつ結果をフィードバックできるように変えている最中です。

設問数も減らしていきたいですが、それには「削ってよい根拠」が必要になりますので、データを蓄積して検証していきたいと思います。多くの病院にPXサーベイ実施の協力を得られることを願います。


PXのメリットと推進による落とし穴

海外では、PXを高めることで患者満足度が向上するだけでなく、職員満足度向上や離職率低下、投薬ミスの削減、業務改善促進、在院日数短縮などKPI(Key Performance Indicator)につながるようなメリットが報告されています。

また、アメリカなどでは診療報酬にもPXが組み込まれているだけでなく、PXサーベイの結果がランキングで公開されているため病院の評判にもかかわります。

PXサーベイの結果をグラフにして公表して終わり、とは行かず、PDCAサイクルを回すことに時間と労力を割いています。

例えば、ある病院ではPXサーベイの結果、夜間の騒音が酷いことがわかりました。ただ、騒音といっても巡回するスタッフがうるさいのか、患者のいびきや物音がうるさいのか原因がわかりません。

そこで詳細ヒアリングと騒音調査を行った結果、モニターの音が原因だったことが判明。モニター音を改善することでサーベイ結果の改善に成功しています。PXサーベイを実施することで自院の課題が見え、PDCAサイクルを回していくことが可能です。

だからといって多忙な医療現場ではPXばかり促進しても、スタッフの疲弊を招くだけです。実際に海外でも医師を始めとしたスタッフの”燃え尽き”が課題とされています。医療サービスを提供するのはスタッフですから、PXを高めるためにスタッフが疲弊してしまっては本末転倒です。

そこでPXと併せて注目されているのがEX(Employee eXperience;職員経験価値)やスタッフのwellbeing(心身の健康・幸福)です。

経営者の方からすればEXやwell-beingの向上に注力することはスタッフの休暇や費用増を招き、患者や経営にとってマイナスと思われるかもしれません。ところが両者を重視した病院はそうでない病院に比べてPSの向上、医療の質の向上、よい治療結果、スタッフの定着率の向上、病欠の低下といった傾向が見られ、業績向上につながるとの調査結果も出ています。

PXはもちろん重要ですが、EXにも注意を向けることでスタッフがやりがいや誇りをもって働くようになり(=ES向上)、それが離職率低下や病欠の低下などにつながってよりよい医療サービスの提供に寄与し(=PX向上)、結果としてPSが向上し、再来院率アップやよい口コミの拡散などのアウトカムにつながっていく。このような流れが実現できれば、スタッフにも患者にも病院経営にも理想的ではないでしょうか。EXは高いPXを実現するうえで必須であり、EXとPXは相互に影響し合うことを証明したいと考えております(図2)。


日本の病院でPXを推進する人材を養成

PXを高めるにはEXの向上が必要であることは先述しましたが、いざ自院のPXを高めようと思ってもPXに関する知識や改善方法がわからなければ、PXを推進しようがありません。

アメリカやシンガポールなどでは病院全体のPXを高める専門部署「Office of Patient Experience(PX室)」を設置している病院があります。ただし日本の場合、PX室の設置は人件費・難易度的にハードルが高いかもしれません。

そこで、病院のPX向上を推進できるスタッフの育成をご提案したいと思います。

PXを高めるには患者の視点を教えてもらうこと、医療者が患者の視点に立つことの2つがあります。PXサーベイは患者に回答してもらいますので前者に該当します。後者には一定程度のPXの知識が必要です。

PXを組織で推進できる人材を養成するため、日本PX研究会では日本初のPX呼称資格、PXE(Patient eXperience Expert)養成講座を、2019年5月から開講します。

PXの基礎知識を体系的に学ぶことができるほか、PXサーベイの分析手法、改善策立案の仕方、改善策を実践的に学ぶことで院内PX講師としてご活躍いただきたいと考えています(表2)。

(フェーズ3 2019年5月号)

 

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