特集 医療の使命を問い直す(下)
「国民の健康会議」が投げかけた課題
2018-11-14
【討論】
高齢者をサポートする医療者の使命を問う
司会:行天良雄氏(医事評論家)
パネリスト:武久洋三氏、栗原正紀氏(一般社団法人是真会長崎リハビリテーション病院 理事長)、井手麻利子氏、田畑正久氏


患者の生きる力を伸ばして人生の最期を見守りたい

行天 これだけの長寿社会が訪れることは誰も考えていませんでした。今はアクシデントさえなければ、多くの人が長生きできる時代です。武久先生には、医療関係者を前にしたり、患者を前にしたりと、いろいろな場面があると思います。先生のお話には、時代が変わっていく中で医療側も発想を変えなければならないという意気込みを感じました。今日はどんな狙いで講演されたのでしょうか。

武久 田畑先生のお話はとても心にしみてきました。私は、命あるものの運命はすでに決められていて、生きていることが許されている期間は有意義に大切にしたい。医師としては、その人の決められた人生を全うしていただきたいというのが基本的な考えです。ところが、事故や病気などで、志半ばで人生を終えることもあります。寿命を持った人の側に立って、できるだけ生きる力を伸ばしてあげて、人生の最期を見守っていこうという気持ちになっています。

行天 武久先生のお話を伺って、医師は仕事に対する高い誇りと治療を自己決定できる強さを持っているのだと思います。今まで医療界の組織の長は「厚労省は我々のことを分かっていない」というように批判的でした。厚労省を評価する組織の長は、武久先生が初めてではないでしょうか。今回の制度改正は武久先生がこれまで提言してきた通りになって、非常にうれしいのではないですか(笑)。先見性があるといえば褒め過ぎなのかもしれませんが、実行していることが素晴らしいと思います。

武久 誰でも水分と栄養分を取らなければ亡くなるわけですが、急性期病院には1日に摂取する水分と栄養分の最低基準を守らない先生が結構いるので、この問題をきちんとさせて、水分と栄養分を取って抵抗力をつけて回復させなければなりません。このプロセスのマイナスにならないように、医療関係者はきちんとサポートしなければならないと思っています。


長崎斜面研究会が高台に住む高齢者の移動支援

行天 サポートとおっしゃいましたが、医療におけるサポートには、あるレベルを持った人たちの大変な人手が必要です。栗原先生の病院はスタッフが多くて素晴らしいと思いますが、その分経営が苦しくなっていくのではないでしょうか。今の経営のやり方では難しいと思います。いかがですか。

栗原 私は病院のために病院を作ったのではありません。必要とされない病院は潰れるはずです。理想かもしれませんが、私の経験から、多くのスタッフで治療に当たらないと回復は無理だと分かっています。私はベンツには乗っていませんので、何とかやっていけるのではないかと思っています。

行天 栗原先生には期待しています。長崎にはよく行きますが、坂道にリフトが通っていて、市は良いことをしたな、一番喜ぶのは高齢者だろうと思いました。しかし、まだ十分に利用されていない面もあると伺いました。

栗原 1997年に長崎斜面研究会が立ち上がりました。坂道の多い長崎市で患者さんが安心して過ごすにはどうしたらいいかという悩みがあります。杖をついて退院した人を3年間追跡調査したら、坂道があるために4割が外出できていないことが分かりました。せっかく杖をついて歩けるようになった人が外出できないとなると、何のために病院で助けたのかという問題になってしまいます。

長崎斜面研究会には、建築、土木、行政、医療、福祉など異職種が集まりました。研究会が提案したのは、階段・坂道の移送サービス事業を介護保険の対象にすることでした。時期は介護保険制度が始まる前です。タクシー協会も巻き込んで介護保険の横出し事業にしましたが、階段・坂道を対象にしたのは長崎市だけだと思います。

ただ、高齢化がさらに進んで、独居世帯と老老世帯も増えているので、もう一踏ん張りしなければと思っています。

行天 東京では団地が高齢者のネックになっています。4階建ての団地にはエレベーターが付いていません。かつて団地に住み始めたころの住民は、まだ若かったので問題にならず、しかも階段の昇り降りが運動になるといわれていました。ところが、高齢者になった今は、階段が障害になって生活に支障が出ています。

栗原 長崎市ではコンパクトシティー化の議論が出ていますが、我々は今の生活を支えてあげなければなりません。病院でかかわった患者さんが退院後に生活できないという状況を何とかしなければと思っています。


宗教者が臨床に関わるには倫理規定の順守が条件

行天 次に訪問看護ですが、事業が成立していない地域がたくさんあります。福岡赤十字訪問看護ステーションは、井出先生を入れて看護師は9人ですね。この人数で効果的にやっていて、2人で訪問してほどほどに利益を上げているのでしょう?先生の訪問看護ステーションは、どうやって利益を上げているのですか。

井手 うちのステーションは病院の併設で、収支も病院と一体なので、業績が悪くなると厳しく指摘されます。1人で1日4件訪問すればよいのですが、現状では5~6件訪問しないと1カ月に延べ680件を訪問できません。看護師は車で訪問しますが、今年の夏は車内の温度が50度ぐらいになりました。それでも看護師は目の前の患者さんに元気に暮らしてほしいと思って頑張っています。この頑張りに私は甘えてはいけないと思って、いろいろな工夫をしているつもりです。

収支の改善では、私が福岡赤十字病院の病棟に行って「患者さん、紹介して」と依頼したり、地域の先生たちにも患者さんの紹介をお願いしたりしています。営業は大事です。

行天 田畑先生のお話は、私には少し理解できない点もありました。私は宗教団体が運営する病院で3カ月間仕事をしたことがあります。そのとき、医局から「末期の患者さんを治療しているときに、ベッドに宗教者が来て祈るのは好ましくない」とクレームが出ました。医局の要求が通って、宗教者は診療時間に来ないこと、医師か看護師が立ち会わないときには宗教の話をしないと決まったことが、非常に印象に残っています。難しい問題だと思いますが、どのように取り組めばよいのでしょうか。

田畑 世界のチャプレンの倫理規定があって、病院では布教しない、布教したら職を失うと定められています。日本臨床宗教師会では臨床宗教師の養成を始めました。今は過渡期にあります。また、日本全体でアカデミックな裏付けを取りながら医療と宗教の協働が進められていますが、一部の宗教団体が患者さんの迷いをあおり立てている例もあるので、宗教界にも襟を正していただいて、倫理規定を守る人でないと病院という公的な場所に入らせないという措置が必要だと思います。

(取材:小野貴史 / 医療タイムス No.2371)

 

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